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知人が亡くなったと聞きました [思い出すなあ]

知人と言っていいのか...
うちの職場を月に1度利用してくださるお客様のことです。

80歳を超えてらっしゃる妹さんと2人暮らし。
妹さんが、最初にうちの会社の、
私がやっているお仕事のお客様になられました。

お客様どうし仲良くなられて、
定期的に集まる期間が終わっても、
自主的に別の事業に誘い合わせて参加されるようになって
お姉様もご一緒に来られるようになりました。

先月は「アンタがおるからここに来るねんで」と
お姉様にお声掛けていただきました。
嬉しいですねえ。

別の事業で私が外出していて、
2ヶ月ぐらい、その事業につけなくて
久しぶりに復帰したら
「やっぱりアンタがおるといいわ。
 おらんと寂しい」と言ってもらえました。

先々週、月に1度のその事業があったのですが
姉妹揃ってキャンセルされてて
どうしたのかな、と思っていたら。
前日に突然、妹さんからお電話があって
「ちょっと話ししたいねん。
仕事何時まで?15分ほど時間とって」と
言われました。

なんだかその様子がただならない感じがして。

もしかして、お姉さんが入院したとか
もしや....なんて嫌な予感がしました。

なので、お仕事をさっさと切り上げて、
帰れる状態でお迎えしました。
ほな、コーヒー飲みに行こ。と誘われ
初めて一緒にお茶しました。

やはり。
お姉様の体調が急変して、先週亡くなられたそうです。

姉妹は、もうひとり結婚された妹さんがいてらして
そのダンナさんが非常によくしてくれたこととか
容体が急変する前に晩御飯を食べた時に
「久しぶりにたくさん食べれた」とか「美味しかった」と
言ってらしたこととか
甥っ子さんに「おばちゃん、えらい優しぃなったな」と
言われたこととか、今から思うとヘンだなと思えることが
いろいろあったことを話ししてくれました。

今は気を張ってるからか、
淡々とお話されてて
聞いてる私の方がウルウルしてしまいます。

「これ、姉が好きやってん。
 お供えするのに今日買いに行ってん。
 アンタも食べて」と地元のおまんじゅうをいただきました。

お店を出てから、最後に手を繋いで。
また落ち着いたら、うちにも来てくださいね
みんな待ってます。とお別れしました。

もうお姉様とお会いできないんだなーと思うと
やはり寂しいですね。

おまんじゅうは、素朴な優しいお味でした。

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りえこちゃん、目見えてるの?といわれた40年前。 [思い出すなあ]

私の目は細いです。
父譲りです。
弟も細いです。
母も目は小さいほうです。
私だけ目が大きくなるはずはありません。

細いですが、なかなか機能は良いはず、と自負しています。
案外横にワイドな視野と
まあまあ良い動体視力。

視力はよくないのですが、
その分ちゃんと見えなくても
「こう書いてる気がする」を察してみれます。

しかし。

目があまりにも細いので、
「目、見えてるの?」と聞かれたことがあります。
幼稚園時代の、隣のクラスのばら組の女子2人に。
(名前は知らない)

40年も前のことなのにねえ。
覚えてるもんですよ。
そのときの光景も、背景の教室の窓の明るさも覚えてます。

あれから40年。
確かに見えてへんなあ、という時が出てきました。
会社で細い字を見るとき。
時々Excelで表を入力するとき。
家で夫さんの席に、色違いの自分のお箸を置いてしまうとき。

来たねえ。
ときどき老眼と命名します。
今は100円均一の老眼鏡でしのぎます。

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父母の言っていた言葉は何用語なんでしょう [思い出すなあ]

父も母も和歌山出身です。
お互いに育ったエリアはそう遠くなく、
実はまたいとこぐらいの血縁関係。

就職を機に18歳から大阪に移り住んだ父。
結婚を機に21歳から大阪に移り住んだ母。

しかし、二人とも喋る言葉は全く大阪に染まらなかったため
いろいろと特有の言葉を家の中で使う両親に育てられ
私もよくわからん言葉を喋る人になってしまいました。

特に母の喋る言葉は、時々すごく独特。
母方の叔父いわく、
母は3人きょうだいで唯一幼稚園に通った人らしい。
しかも、お寺の幼稚園。

なるほどねえ。
母が「おしょうねんが入っていない」なんて
我々子供の頃によく言われた言葉。

いわゆる「気合がはいっていない」もしくは
「本気でやりなさい」なのですが
お正念、なんてパソコンで打ってもすぐ変換されない。
これはおそらく、お寺で言われたな、母よ。

あと、父も母もいっていた「じちめに」
真面目に、の意味ですが
これは地方特有の方言でしょうね。

あと「よじめる」
きっちりでなくラフに片付けるとか
簡単に集めたりまとめる、という意味ですが
同じ近畿ですが、大阪でも兵庫でも通じません。

あと、父だけがよく使っていた
「がいななあ」

うーーーん
感嘆詞のような使い方をしてたかなー
現代の流行語でいうと「マジっすか」をいう時に
使うとピッタリします。
これは父の弟である叔父さんが
兄貴がいうてた!と反応してました。

ということは、叔父さんは言わないんですか。
方言だけじゃないな。

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パソコンの入れ替え、結構スムーズでビックリです [思い出すなあ]

昨日買ってきたパソコンのデータ移行。
ビックリするほどスムーズです。
我が家の4代目です。

昨日まで使っていた3代目は
とりあえず初期化しています。
ちゃんとできたら、下取りキャンペーンに持って行きます。

3代目パソコンは2009年12月に
購入したみたいです。
というのも、箱に保証書を貼ってあったのを
発見したからです。

そっかー、きっちり6年かあ。
3代目を買ったいきさつを今でも覚えてます。

広島のライブ旅が
12月上旬というのがルーチンだった時。

出発の1週間前に
我が家のネットの環境を
ワイヤレス LAN(今でいうWi-Fi)にしようとして
パソコンが対応している機器を買ってきて
一生懸命設定していたら、
突然動作が不安定になったのです。

で、起動したりしなくなったりして。
起動した隙に家にあった外付 HDDで
中のデータを移して。
メーカーの電話サポートに電話して
生き返らせる方法を模索していたのですが。

広島出発の前夜についに起動しなくなって。
広島から帰ってきて、
そのまま家電量販店に行ってパソコンを買い
旅行カバンとパソコンの箱持って
タクシーで帰宅したのでした。

で、外付HDDをUSBでつないで
丸写ししたデータを3代目に移して、
使えるようにしましたねえ。

それでもブラウザのブックマークは
インポートできてなかったり。
しばらく不自由でした。

今回もその作業しないとなーと
思っていたら。
「新しいパソコンにWi-Fiで通信して移行する」という
機能があるのを発見。

わぁ、便利。
使えそうにもなかったけど
2代目から3代目の移行の時もあったのかな。

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天津飯は大人の食べ物でした [思い出すなあ]

昨日は外出して
いっぱいのスケジュールをこなしました。

その合間に、中華料理店でランチしました。
定食メニューの中に天津飯があったので
思わずそれをチョイス。

匂いとか食べ物に関する記憶って
本能に近い部分に収納されてるのか
結構根強いんですね....

子供の頃
自転車で15分ぐらいの距離の最寄駅の
駅前に2階建ての駅ビルがあって
その中に、中華料理屋さんが入っていました。

私が中学生ぐらいの頃に建替えたため
中華料理屋さんは撤退して
若者向けの服屋さんやパン屋さん、
靴下屋さんになっちゃったので、
それ以前の記憶です。

電車で出かけるとき。
父が契約している自転車屋さんの裏手のガレージに
家族全員分の自転車を置かせてもらい
電車に乗って出掛けてました。

帰ってきたら、3時とか4時ごろだと
自転車を取りに行く前に
その駅ビルの中華料理屋さんで
おやつがわりを食べるというコースが
年に1、2回あったかと。

年季の入った赤い板が貼ってある
カウンター席に座って。
厨房ではカンカンと中華鍋とお玉を鳴らしながら
ジャジャッと何かを勢いよく炒めてはります。

私と弟の食べるものは父が注文します。
たいていチャーハンです。

中華鍋の周りに並んだ缶に入っている調味料を
ササっとお玉ですくって、味付けして。
お鍋を何回かあおって、おたまで丸く形づくられる
古典的な卵のチャーハンです。

父の注文は、天津飯です。
八角形のお皿の上に
グリーンピースの入った卵の焼いたものと
しょうゆ色のとろみのついたあんが掛ってます。

お出かけに母が混じっているときは
このお店には来なかったなあ。
母は外食はかなり苦手なのです。

大人の食べているものを欲しがってはならない、という
お行儀が我が家にはなんとなくあって。

子供の間は天津飯は
食べてみたいけど、
食べたことがないものでした。

もちろんひとりで食べにこようなんて
小学生には発想はありませんからねぇ

ふと、天津飯を注文する自分に
「しつこく覚えてるもんだなー」と
「大人になったもんだ」と
いろんな思いが湧いてきました。

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1年前の私、頑張り過ぎてたかも [思い出すなあ]

ブログやフェイスブックで
1年前の自分が何をしていたか
簡単に振り返る事ができます。

1年前の10月頃。

出張の仕事の繁忙期で
しかも、10月中旬に浜松のホールに
出演するための、練習もやっていた時期ですね。

しかも、バレエのお稽古も
欠かさず週2回行ってたと思います。

半月板を決定的に傷める前ですが
原因不明のふくらはぎのツッパリ感は
すでに感じていたようです。

ああ、なるほど。
そんなに頑張っちゃったら
何処か悪くなっても不思議はないわなー

今年はやはり10月は繁忙期ですが、
出演に向けての練習はなく、
バレエも今、週1回未満です。

それを思うと、今年は少し
ゆったりしたペースです。

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新しい大阪の夏の風物詩、参加してみよかー [思い出すなあ]

フェイスブックで2年ぐらい前から話題になっていた
「天の川伝説」というイベントがあります。

大阪では7月7日の七夕に行われます。
青いLEDが中に入ったボールを中に放流して
川をイルミネーションする、というもの。

ちゃんと河口で回収して、
洗浄、分解して、完璧に再利用するようです。

イベント好きのフェイスブック友達が
有料であるボール放流は参加せずに
青く染まった川を見物に行くということで
誘ってもらったんですよねえ....

その日、私はお休みだったのですが
行かなかったんです。

お誘いの理由が、当日のお誘いだったこと。
めちゃくちゃ暑い日だったので、もう外にでるのが
辛かったこと。

もうひとつ大きな理由があって。

このブログにも書いた事がありましたが
当時付き合っていた酷い元カレの
心ない仕打ちに泣きまくってて、
この日は泣いて泣いてまぶた腫れまくり&
精神的にガッタガタになってて、
とても外に出れなかったのです。

...「心ない」って凄い的確な日本語ですね。
あの人は、ホントに私に対して「心」がなかった。
それにふりまわされてる間は、気づきませんでした。

七夕のトラウマは、上書きして消してしまうのだ。

あのイルミネーションイベント、
今年もやるのかなーと調べたら、
7月7日にやるらしい。

よし、行こう。
今回は友達じゃなくて
お誘いして、ボールを放流しよう。

綺麗だろうなあ...
ちゃんとデジカメ持って行こう。
雰囲気も堪能できるし。
楽しみです。

スクリーンショット(2015-06-27 23.15.50).png

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15の春ってどんなんだっけ [思い出すなあ]

今日は公立高校の合格発表だそうですね。
体操教室のお仲間がそう話してました。

どうりで...
体操教室に向かう途中に
公立高校があるのですが
そこへ親子(大抵お母さん)と
連れ立った、バラバラの制服を着た子達が
集まって来てると思いましたよ。

どの親子もニコニコしてました。

受験者数をあらかじめ調整するので
落ちる子はかなり少なくなっているのです。
だからニコニコしてるんだなー

そして、大体の子が親子連れなのは
合格発表のあとで
入学説明会とかあるのかな。

ちなみに、私が15歳のときのことを
思い出すと。

男子が1人落ちて、女子は定員割れだったそうで。
受けた段階で、女子は全員合格するという
調整され具合だったそうです。

しかし、受験生にはそんな情報は耳に入ってこず。
精一杯緊張して試験を受けました。

そして、徒歩5分の学校の校庭で行われた
合格発表は。

確か同級生が普通に先に来てて
すれ違うときに「受かってたよー」と
言われるという、ドキドキも何にもないものだったかな。

....ちなみに、滑り止めで受けた私学も
そんな状態だったかも。
そっちは1時間掛けて電車乗って行ったのになあ。

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練習ノートは能開式で書く [思い出すなあ]

中学時代に春休み、夏休み、冬休みなどの
集中講座だけ、塾に通っていました。

その塾は、勉強も教えてくれるのですが
勉強の仕方を教えてくれました。
あと、適度な息抜きの仕方も。

後に、大人になって。
某巨大匿名掲示板で、ふと検索してみたら
先生はやっぱり大変だったらしい。

今でも続く校風(?)らしいのですが
勉強を教えるのが上手なのは当たり前で、
面白いこととか、トークのスキルも求められるらしい。

あー
確かに。

どの先生も90分の授業の中で、緩急がついてて
ちょっと「しょーもない息抜き」が50分目ぐらいに
適度に挟まれていました。

一見しょーもないようですが、
勉強だけが得意な優等生の先生では出来ないことですよねえ。

あと、講習の期間に1回は先生からお電話が掛かって来て
わからないとこはないか〜?と聞かれます。
時間はおおむね夜8時〜9時。
...その時間まで、塾の控え室で先生方は仕事してたんだなー

私たちも今日の授業の復習と
明日の授業の予習と、明日までにやっていく宿題で、
夜寝る間もありませんでしたけどねー
お互いに集中して頑張ってたんだなあ。

さて。
そこで教わったノートの使い方を
今でも練習ノートや、講習のあとのまとめの際には使ってます。

見開き2ページで使います。
自分で線を引いて区切って。
1テーマ、または1時間位の授業なら、これで納めます。

これで書こう、と習慣になると
話を聞いたり、レッスンを受けるときに
そのつもりで聞いて、
頭の中で整理することができるようになりました。

要因分析図とか、パレート図とか
他のまとめ方もこうやって訓練したら
思考法が整頓できて、サクサク書けるようになれるかなあ。

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くすりゆびの思い出 [思い出すなあ]

元ネタの歌謡曲のタイトルとは違い、
痛い話になりますので、ご容赦くださいねー

今年の夏はよくスーパーでトウモロコシを見かけます。
何だか買ってしまいます。
かなり好物なんですよねー

皮をむいて、塩ゆでにしておやつに頂きます。

ふと、子供の頃の事を思い出しますと。
子供の頃からゆでたトウモロコシは好物でした。
昔のことなので、今程粒がふっくらして、甘い品種では
無かったと思いますが、それでも美味しかったな〜

かなり早い時点で、台所で調理の一部をしていました。
ささやかなもんですが。

例えば、母がトウモロコシを買って来たら、
おやつに食べたければ自分でゆでる、という暗黙の了解に
なっていたと思います。

もちろん、自分の分だけゆでるのはナシです。
他の人のも一緒にゆでること。

で、まるまる1本はいるお鍋がなかったので
トウモロコシを2つぐらいに切ろうとするわけですが。

いかんせん、小学5年生ですので
まだまだ非力です。
今でこそ大きい人ですが、当時は背の順は前から3番目でした。

というわけで、トウモロコシに包丁を当ててもいきなり切れません。
包丁の背の部分に左手を当てて、上から体重をかけたらーーーー

トウモロコシと一緒に
力を入れるときに、軽く曲がった左手の薬指の指が
包丁の刃の下に回り込んでいて、腹の部分をザックリと。

あっ、しまった。と思った次の瞬間に
(まだ血は出てなかった)
水洗いしたら、もう、傷が開いて水がえらい色に。

痛いより先に
「えらいこっちゃ。怒られるー」と心臓バクバク。
しっかり母に見つかりまして、怒られましたわ。

確か土曜日だったので、ガーゼやらハンカチやらぐるぐる巻きにして
ゴムバンドで止めて、手を上げたままで
タクシーで総合病院に連れて行かれました。

幸い、指の半径ぐらいまで刃が入ったみたいなので
縫ったら1ヶ月位で治りましたが
かなり長い間、指の腹に何かが当たると痛い状態でした。

そのとき切ったトウモロコシは、
帰宅後ゆでて、しっかり頂きました。

25年後、同じ傷跡の続きをまた切ってしまい
べらぼうに痛かった....
同じ所を切ると痛いんですね。

以上、夏が来れば思い出す、くすりゆびの思い出でした。


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